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| 超マー[CHOOMER]とは何か?まず下記を読んで理解して欲しい!! |
「こだわりを語る」こそ超マーズルームの心臓なのだ。
このページを開き、なんだこれはと思った人も多いだろう。超マーなどという訳のわからない造語を見て、不思議に思っても当然の事だ。超マーとは一言で言えば、超マニアの略。マニアを超えたマニアのことを差す。
一昔前にオタクと呼ばれ騒がれていた人種が存在していたが、オタクという名の響きは嫌いである。また世間から隔離されんばかりの悲壮感が、にじみ出ているのが嫌いだ。今はあまりテレビに出ないが、オタクの代名詞だった宅八郎が、森高千里の人形と何が入っているのか分からないような紙袋を持って、ウロウロしているイメージが定着してしまったのも嫌いだ。かのアメリカでは日本アニメを好み、コスプレに興じる人々をOTAKUと呼び、世間をにぎやかにしているらしいが、それはそれとしてである。なにもアニメに興じる事を否定している訳ではない。その知識やコレクションを収集する情熱は、賞賛に値するリッパな事だと私は考えているのだ。
またマニアという言葉にも、なにやら淫靡な秘密めいたイメージを想像してしまうのは私だけだろうか。おめめパッチリのアニメ顔の女の子をこよなく愛するオタク。SMや下着マニアなどと世間の三面記事ネタに注目され過ぎて、屈折した見方をされてしまうマニアという名称。オタクにせよマニアにせよ、楽しみのない毎日を送っている人々にすれば、はるかに生きがいを持って生きる太陽のような人種である事に違いないのだが、どうも日影者に思われてしまう傾向があるようで残念だ。と言って、残念がっているばかりでは面白くない。コツコツと蓄えたコレクションや知識がこんなに凄いんだ〜なんてみんなに披露するチャンスがあれば、理解の輪が拡がるような気がしてならない。超マーズルームの趣旨は、まさにこの点にあるのだ。
私自身もオタクやマニアと呼ばれた時期が確かにあった。だがその呼ばれ方に不快感を覚えて、もんもんとした事も覚えている。ところがである。人並以上に蓄えられた知識やコレクションは利用されたり、金を生むようになると事は一変する。例えば、大概の女の子が小さい頃に遊んだリカちゃん人形。大の男が部屋中にリカちゃん人形を並べて、誰にも知られず毎日を生活していたらどうだろう。世間一般では見下したようにその男をオタクと言い捨てるだろう。気味が悪いと近寄りたがらない人もいるかもしれない。話は少しずれるが、こんな事を聞いたことがある。ひとつの分野について、2時間以上話を続ける事ができる人は果たして何人いるのかだろうかと。うわっつらの知識と経験だけでは、すぐに話は尽きてしまうものだ。話題の尽きない雑談なら何時間でもオーケーとは質が違う。話は戻るが、きっとそのリカちゃん男は留まる事もなく、聞きもしないのに何時間もリカちゃん人形の製造秘話から家族構成、プレミアについて語り続ける事だろう。事実どこかの大学教授は研究室にとんでもない数のリカちゃん人形を集め、論文の題材にしていると聞く。更にリカちゃん人形の本を執筆するに
いたっては、オタクと呼ぶには失礼だと言えるだろう。それに、リカちゃん人形を企画開発製造してたりするのは、白髪まじりのおじさんだったりする。とにかく人並以上に秀でた分野が少数だったりすれば、オタクと呼ばれかねない現状があるにせよ、その知識を埋もれさせて置くには忍びない。こんな人間がいる、と紹介できればきっと楽しいに違いない。超マーズルーム発足のスタートラインは、こんなところにあるのだ。
三段階を経て到達する超マーの領域とは…。
偏った持論かも知れないが、私自身の経験や友人の動向をつぶさに観察した結果、一つの法則にたどり着いた。第一に人はまず、興味を持った分野があるとプレイヤーになる。自分の経験の範疇でものを言えば、ゲームに興味を持ち、楽しさを知ると、とことん徹夜をしたり、仲間を集めて遊びに興じたり、与えられた環境、この場合はメーカーが創作したゲームルールを基本に、ゲーマーとして一級のプレイヤーを目指そうとする段階を経験するのだ。
第二に、人はコレクターになる。プレイヤーの段階と平行する場合もあるし、この段階からスタートする人もいるだろうが、私の場合は、より楽しいゲームはないかと、収集をし始めた。当然中には面白くないゲームも存在するが、持っている事に価値を見つけたり、何が面白くてつまらないかを考察したりする材料となる。つまり、遊んだ経験や他のモノと比べる能力が備わり、批評評論を行える段階へと変わっていくのだ。
オタクなる名称はこのコレクターの段階で、妙なモノを集めて詳細に批評したりする場合にオタクと呼ばれてしまう場合があるようだ。また希少なコレクションが多く、収集がかなわない場合でも、データの収集だけでも十分コレクターの段階と言っていいだろう。人並みはずれた物知りも十分な資格を持っていると考えている。
第三段階に移ると一体コレクターはどうなるのだろうか。ゲームを集め、良いも悪いも批評できるようになると、人はきっと私だったらこんなモノを作るのになぁー。こんなモノがあればいいなぁーと思うに違いない。事実私自身も、こんなゲームがあったら遊んでみたいと考える企画があるし、協力して欲しいと思っている。つまり、オリジナル作品を作ろうとするクリエーターと呼ばれる段階に入ったと言えよう。この段階に踏み込んだ人こそ、筆者が提案する超マーなのだ。
この考えが、正しいか正しくないは読者の皆さんに問わないが、個人が持っている経験や知識、コレクション、データを埋もれさせて置くには勿体ない。頑として人に教えたくないと言う人に対して、無理に公開を要求しないが、利用したり、その知識が欲しいと思う人に届けば、こんな愉快で痛快な事はないと思う。超マー倶楽部が異種格闘技のマットのような存在になればいいなと筆者は考えているのだ。いろんな分野で知識やコレクションを持っている人を紹介し、情報交換の場として新しい文化みたいなモノが生まれて欲しいと心秘かに願っている。