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会員番号0109/hanamaさんよりの寄稿
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(3)イソップ寓話概説
さて、ここで、イソップ寓話とはどのようなものであるのか、簡単に説明をしてみたいと思う。詳しく知りたい方は、『中務哲郎
イソップ寓話の世界(ちくま新書)』をお勧めします。
イソップとイソップ寓話の成立
イソップは、紀元前6世紀のギリシアに実在した人物で、サモス人イアドモンの奴隷であったといわれている。このへんのところは、ヘロドトスの『歴史』に記述されているところから、ほぼ間違いないとされている。しかし、それ以外のことはほとんど何も分かっていない。実は、イソップ寓話集の中で、確実にイソップの作であると確認されているものは、一つもないというのが実情なのである。つまりイソップ寓話集とは、世間に流布し、語り継がれてきた寓話をイソップの名の元に編纂したものなのである。
このイソップ集成の中で、一番古いものとされているのが、アウクスブルク校訂本と呼ばれるもので、13世紀ないし14世紀の写本であるが、その祖本は、1.2世紀に溯るとされている。そして、我々が現在目にするイソップ寓話集は、この写本を基に、さらにいくつか別なテキストから話を取り入れて編集されたものであり、ハルム版、シャンブリ版、ハウストラート版、ペリー版などがある。その中でも、シャンブリ版はつとに有名で、現在日本で出版されているイソップ寓話集は、ほとんどが、このシャンブリ版に依っている。そして、筆者がこれから話を進めて行く上でも、イソップ寓話集と言った場合、岩波文庫から出ている、シャンブリ版の『イソップ寓話集』(山本光雄
訳)をさすものとする。
イソップ寓話の韻文化
イソップ寓話は、このように口承伝承から次第に編纂されていったものなのだが、この散文的な寓話を、韻文化して、文学的に高めようとする試みが早くからなされている。そのさきがけは、ソクラテスと言われているが、このテキストの確認はなされていない。その後、紀元前18年頃、ギリシア北辺のトラキア地方に生まれたパエドロスがイソップ寓話集の韻文化を行っており、これが、現在目にすることのできる最古の韻文化されたテキストと言える。更に1世紀の後半にはバブリオスが韻文化を試みている。時代が下り17世紀には、フランスの作家ジャン・ド・ラ・フォンテーヌが、続いて18世紀にはロシアのクルイロフが、韻文化の傑作を世に送り出し、現在に至っている。
日本におけるイソップ寓話
日本におけるイソップ寓話は、早くも、16世紀の後半、イエズス会修道士によりもたらされ、1593年、天草学林(コレジヨ)において、宣教師の日本語学習用テキストとしてローマ字の口語文、いわゆるキリシタン版『エソポのハブラス』が出版された。これはヨーロッパ文学として邦訳された記念すべき第一号である。現在この版は、大英博物館に一冊だけ残されている。その後、漢字仮名使用文語文、いわゆる古活字版『伊曽保物語』が慶長・元和(1596−1624)の頃出版されるのだが、両者は、共通する部分も多いのだが、明らかな違いもかなりあり、両者を含む親本が存在するものと想像されているが、未だ発見されていない。しかし、小堀圭一郎氏や遠藤潤一氏による研究によりこの親本は、シュタインヘーヴェル本のスペイン語訳からの邦訳であろうということがほぼ特定されている。
江戸時代中期以後は、次第にイソップ寓話は世間から忘れ去られ行くのだが、明治になって今度は、イギリスからもたらされ、福沢諭吉や、渡辺温、元木貞雄などにより翻訳がなされ、教科書などにも積極的に取り入れられることになる。そして第二次世界大戦後、日本の児童文学者による夥しい数の翻案が出版されることになるのだが、これは第二章で詳しく触れたいと思う。